赤い天使

 その名を普段、彼が口にすることはなかった。
 ただ、修行を終え意識朦朧と倒れた彼の傷を清めていたら、血の滲む唇で一度だけその名を呼び、指の先が自分の頬を撫でたことがあった。彼の鍛えあげられた腕は、こうして誰かを慈しむよう習慣づけられていたのだと、気付いたのはその時だった。

 髪の色と、きみが女だということを除けば、まるでうりふたつだ。

 だから弟と見間違えたんだよと、彼は少し照れながら言った。

 老人と暮らす小屋に戻ると、そっと手鏡を覗いてみた。
青白い肌と、照りつける太陽に色褪せてしまったような金色の髪。
日本人の髪色は対照的に深い色をしている。

 いつだったか、彼の手と自分の掌とを重ねて比べてみたことがあった。すると自分の5本の指のうち、一番長い中指でも、彼の親指程度の長さしかない。きっと、そうした部分を重ねているに違いない。オレンジ色に光る笑顔を見ながらそう思った。
彼と血を分けたその人と自分が、瓜二つだなんてとうてい想像できなかったし、だいいち、そう言う彼がこの島に来てからもう、5年も経っているのだ。



 生まれ育った小さな島にいた頃、自分の産まれ落ちたこの世界は不平等な事ばかりだと思っていた。けれどこの島にきてからは、段々とその考えは変わりつつある。
死命のはざまで懸命に生きる、彼と出会ってからは。
小麦3袋とひきかえられた自分にも、その価値を自分に下した老人にも、女神の聖闘士として、この島から羽ばたいてゆくであろう彼にも、その瞬間は同じ重さを伴い、訪れるに違いない。
エスメラルダは視線を、手鏡から胸のふくらみへと落とした。


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